原著: ガフワラ
発行所: 双葉社
発行日:2020年12月6日
推定対象年齢:小学校中学年~
絵本というよりは偉人伝と呼んだ方が適切かもしれない。
そういえば子供の頃、偉人伝を読んではいつか自分もこうなるんだと思っていた。
どうやらそうはなっていないみたいだけれど、この人と同じ日本人に生まれたことを誇りに思う。
令和時代になって顕著になった日本の後進性。
うろたえ右往左往する政治家に脱力の巣ごもり。
そんな今日を看過してきた自分にも腹が立つ。
タイトルで手にとり、読まずにいられない本だった。
『カカ・ムラド~ナカムラのおじさん~』収録作品
「カカ・ムラド~ナカムラのおじさん」
原作 ザビ・マハディ
絵 ゴラム・レザ・ハビビ
訳 ペシャワール会
「カカ・ムラドと魔法の小箱」
原作 ハズラット・ワハリーズ
絵 ルスタム・ラマザン
訳 さだまさし
「カカ・ムラド~ナカムラのおじさん」の概要
『カカ・ムラド~ナカムラのおじさん』は、中村哲氏のアフガニスタンでの活動をもとに描かれた創作絵本。アフガニスタンの人々は「中村哲氏のような人間が一人でも多くいたら、世界中の人々が幸せに暮らしていけるし、もちろん平和な世の中になる」とまで語っている。
アフガニスタンのバシール・モハバット駐日大使は、中村哲氏について問われると「天使でした」とはっきり言った。
「カカ・ムラドと魔法の小箱」の概要
中村哲氏の人柄をイメージして創られたファンタジー。
「魔法とは、知恵とほんとうのやさしさの中にあるんだよ」
という言葉で括られる。
明るく開放感に満ちた絵で語られるアフガニスタンの日常風景。
その中に深く根付いている中村氏の存在の大きさに改めて尊敬の念を抱かずにいられない。
73歳で凶弾に倒れたことが悔やまれる。
2019年12月4日アフガニスタンの人々はもちろん、世界中で多くの人が泣いた。
「カカ・ムラド~ナカムラのおじさん」の基本情報
タイトル | 「カカ・ムラド~ナカムラのおじさん」 |
作者 | ザビ・マハディ/ハズラット・ワハリーズ |
絵 | ゴラム・レザ・ハビビ/ルスタム・ラマザン |
訳 | ペシャワール会/さだまさし |
発行所 | 双葉社 |
発行日 | 2020年12月6日 |
推定対象年齢 | 小学校中学年~ |
ページ数 | 80頁 |
大きさ | 縦21㎝ 横14.8㎝ |
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ヒーローについて
偉人とは子供たちのヒーロー。
テレビや映画の勧善懲悪の物語はわかりやすいけれど、
敵味方をハッキリさせてしまい、いじめや分断を助長する面もある。
それでも
物語のヒーローは弱者の味方で、
嘘を暴き真実を顕わにしてくれていた。
現実世界はどうだろう?
自分はどうだ?
中村哲は紛れもなくヒーローだ。そしてもう一人、紹介したいヒーローがいる。
足尾銅山の公害問題で、厳然と権力に立ち向かった田中正造だ。
田中正造と足尾銅山
田中正造氏は明治時代の政治家。日本初の公害事件といわれる「足尾銅山事件」を明治天皇に直訴しようとしたことで有名。
明治期の「富国強兵策」を背景に鉱毒被害を看過して進められた銅の採掘。立ち枯れる森林や下流域の稲穂の被害を国会で訴え、議員辞職後も生命を賭した活動を続けた。
1900年の国会における
「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」
は日本の憲政史上に語り継がれる大演説。
そして冒頭の「明治天皇への直訴」
政府は狂人のしわざと片付けようとしたらしいが直訴状は公開された。
戦争に突き進む明治政府にとって銅の採掘は最重要なことだったのかもしれない。
その政府の一員でありながら農作物の鉱毒被害を見て見ぬふりできなかった田中正造氏。
義憤にかられ行動し、折れずに信念を貫き通す生き方はヒーローだ。
1913年71歳で没した。
中村哲プロフィール
1946年福岡県生まれ。
医師、ペシャワール会代表、PMS総院長。1984年からパキスタン北西辺境州のミッション病院ハンセン病棟に赴任し治療を始める。89年よりアフガニスタンへ活動を拡げ、過疎地でのハンセン病や結核などの診療を開始。2000年からはアフガニスタンで飲料水・灌漑用井戸事業を始め、2003年から大がかりな水利事業活動に携わる。2019年12月4日、凶弾に倒れた。
一隅を照らす
中村哲氏が好きだった言葉。
田中正造氏にも通じる。
天台宗の開祖、最澄の言葉だ。
ひとりひとりの生活範囲はたかがしれているかもしれないけれど、その集まりこそが世界。
それぞれの場所で精いっぱい誠意を尽くして生きていくのみだ。
中村哲の本/田中正造の本



